日々の雑事と、小説に関する事柄を不定期に。

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稲見一良『セント・メリーのリボン』(光文社文庫)

 「あなたの好きなハードボイルド作家をひとりあげて下さい」と言われたら、私は迷うことなく稲見一良を挙げます。一読、全ての作品が宝物になってしまった作家。それが私にとっての稲見一良です。

 新作を読めないこと、珠玉の名作が次々と絶版になってゆくことが、この十年間どれほど悔しかったか。他人に薦めたくても本そのものが書店にない、出版社の在庫にもない。そんな状況を、光文社が打破してくれました。今回発売されたのは短編集『セント・メリーのリボン』。収録作品は、以前出ていた新潮社版と同一のようです。

 はじめて稲見作品を読む方には断然これがお薦め。もしこれで気に入ったなら、次には続編の『猟犬探偵』を。それから『ダックコール』や『男は旗』や、遺作となった『花見川のハック』を。映画好きの方なら、エッセイ集『ガン・ロッカーのある書斎』もお薦めです。

 「ハードボイルド」とは流行ものなどではなく、小説の一様式でもなく、ましてや暴力や銃の代名詞でもありません。ハードボイルドとは人の生き方そのものを指す言葉であり、小説においては人間の優しさと強さを描くもの。稲見作品には、このふたつが実に魅力的に織り込まれています。その描き方が実に「稲見さんの……」としか表現のしようのない作風で、こういうふうに書ける人など、めったにいるものではありません。
 『セント・メリーのリボン』の表題作は、犬の探索を専門にしている探偵の話。盲導犬の存在をめぐって、実にハートフルな物語が展開されます。一度TVドラマ化されたことがある(設定は少し変わっていましたが(^^;)ので、ストーリーが記憶の片隅に残っている方もあるかもしれませんね。

 復刊が、とてつもなくうれしい一冊です。